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Re^7: 暑い夏 投稿者:スイスの旅芸人 投稿日:2016/08/30(Tue) 20:15:49 No.5164


前回次はエフェクターの話でもと書いたがこのカキコのタイトルが
「暑い夏」と始まったのにもうその夏が去りつつあるのだから少し
先を急ぐ。

84年「TEAC カセットMTR(マルチトラック・レコーダー)
を手に入れる。これは画期的なものだった。
今でこそ「宅録(自宅録音)」などは当たり前ようだが82〜84年
当時は驚くべきことだ、それもこの「TEAC ポータスタジオ」は
ミキサーとレコーダーが一体形なのだ、そりやープロSTと比べれば
大きく簡略化されているけど基本構造は同じなのだ。
70年代デモテープを作る時どうしてもオーバーダブしたい時は
1台のカセットにギター&Voを入れもう少しサウンドイメージを
膨らませたい時にはそのカセットを鳴らしもう1台のラジカセの前で
ギターリフを入れたりコーラスを入れてみたりしていたのだから、
これは凄いことだ。
さっきTEACのサイトを調べたらこの初号機は79年発売のようだ
写真も載っていたがアナログVUメーターも付いていなかったから
俺が手に入れたのは3代目くらいだったのかな、後で知ったことだが
82年発売のブルース・スプリングスティーンのアルバム「ネブラスカ」はこのMTRでほとんどレコーディングしたとのこと、これまた
ビックリだが俺には大きな誤算があった。
サイトに載っていた文章を書いてみる「複数のパートを各々別トラックに独立して録音再生できる。一旦全パートを仮のレベルで録音した
後に任意のレベル、定位、エフェクト処理しそれらをミキシングし
最終的ステレオソース(2CH)にTDする」そりやーそうだそれは
充分わかる、だがAUXやプリだポストだアッテネーターだパンポットと云われてもね、何が何やらそれまでEに「そのリードギターはもう5度くらいLに定位してとか、俺のVoにリバーブもう少し深く浅くとかショート・ディレイもの凄く短くしてツインヴォイスにしてみょうとか」Eがそのためにどんな作業をしているのかはほとんど知らなかったのだよ、取説(マニュアル)を見ても専門用語ばかりでよくわからんし当時のマニュアルはエンジニアが書いていたようで日本語として理解できない文章だった。
そしてそれ以上の誤算はこのMTRを手に入れたら即レコーディングとはいかないのさVoやアコギを録音するためにはマイクが必要だし
エレキ類などにはライン入力のためのアンプもいるし(現在のような
アンプ・シュミレーターなどなかったし)Voだって何らかのエフェクトを必要とし1番欲しかったのはリバーブ(風呂場で響くような残響音)だったが当時民生機でも40万くらいしたのであきらめ
ローランドのエコーもしくはディレイ(こだまのようにヤッホー・ヤッホー・・・・・)&コーラスの機材を買った、そして1番の出費はケーブル(シールドとも云う、まっコードだね)それぞれの入力音源をMTRに繋ぎエフェクターなどとの入出力を繋ぐケーブルは20本くらい必要で1本数千円しあっと云う間に数万はかかった。
メロが脚注でこのMTRは20万弱と書いてくれたがその費用は10万乗っかったのだ、幸いなことにマイクは70年代仲がよかった
森田童子氏(スタッフとも仲良しだったし彼女は当時活動していなかったからなのかな)からシュワー58や57を借りた(今だにここにあるのだけどね)74年当時ワーナーとの契約も切れデモ音源を
取る環境もなくなり、今さらラジカセで弾き語りのデモと云うわけにもいかず、それ以上に古井戸を解散しアルバム「12フレット」を出し何とか古井戸や俺のフォークに決着をつけ次に何処へ行くと云う時にあれだけオーバーダブが嫌いだった俺にこのMTRは俺が進むべき方向のチャンスのきっかけを促してくれた。

それがK2結成に繋がるのだから。

Re: 脚注2 投稿者:スイスの旅芸人 投稿日:2016/08/29(Mon) 19:37:25 No.5163


さすが鋭いメロ!
そうかも知れない、確かにSTの機材はそうかも知れない
大口径のメインスピーカーで音を聴くのはそれぞれの楽器・Voの
ダイナミックレンジと倍音成分を聴く時とTDの時とすべてのスタジオワークが終わり最終確認を兼ね聴く時くらいで、作業中はヘッドフォンだったり世界標準的(80年代初頭はオーラトーン、次はヤマハ10M)なスピーカーで聴いていた当然ラジカセもある、70年代は特にシングルはAM放送でオン・エアーだったからモノラルでTD
したこともある。
当時メジヤーは各社そのクォリテーのSTを持っていたが現在は
何社が持っているのだろうか?
Eだって育てるのに10年くらいかかるのだからそれを維持できるのははてさて何社あるのやら?

脚注2 投稿者:メロ 投稿日:2016/08/27(Sat) 21:31:40 No.5162

ST  スタジオのこと。この物語ではレコーディングスタジオのことを言う。

メインスピーカーが凄い  確かにスタジオのメインスピーカーやアンプなどモニターシステムは、その時代時代の最高峰のモニターシステムが発売されるたびに入れ替えるといった空虚な設備投資を繰り返してきた(ように感じる)。
モニターシステムのスペックだけで音質や音圧が語られてきて、人間がスペック以外で感じる、人間としての感覚が結構ないがしろにされていた(ように感じる)。
その証拠に、最終的な音のチェック、つまり商品として世に出される前の総合的音質チェックは、一般的なラジカセで行われていた事実はあまり知られていない・・・と思ひける。
とどのつまり、スタジオ並みのすんごいシステムで聞くユーザーはごくごく稀なオーディオマニア。ごくごく一般ユーザーに販売するCDはごくごく一般的な人がごくごく普通なラジカセで聞くはずなので、ごくごく普通なラジカセが最大のモニターなのでありまして、ラジカセが最大公倍数なモニター機材でありました。
すんごい価格のスタジオの機材が結局はあまり機能していなくて、その莫大な設備投資は作り手側だけの自己満足で終ってしまい、我々購入者に価格という重い負担をかけていたのかもしれません。今もそうかもしれません。
こう書くと、「ユメもチボウもないな〜」(by東京ぼん太)

dB(デシベル)  科学的考察はよくわからないが、オーディオ的には「音圧」と表現されている。デジタル音源はアナログ音源よりおしなべて音圧に乏しく感じる。CDよりカセットテープの音のほうがググッと来て、30cmほど背後に押される(ように感じる)。
ただ、音圧を感じるためにはそれなりのシステムが必要。

HZ(ヘルツ)  周波数のこと。人間の聞こえる限度は凡そ周波数20〜20khzと言われているが定かではない。加齢に伴い耳の機能は減退するので、若い時に聞こえた音が中年以降も聞こえているとは必ずしもいえない。でも、耳が聞こえなくても体全体の共振で感じる音はある。それを豊かに感じる心が、加齢には必要。
CDは20khz以上をカットされているので、本当の音は記録されていない(はず)。つまり若い者にも聞こえていない。聞こえているはずがない。
豊かな心で聞こう。

EQ  イコライザーのこと。アナログ、デジタル、色々あるが、基本的には周波数の変化、カット等色々加工できる便利で危ない機材。
特定の周波数だけを取り出したりしちゃったりする技術は、軍事、犯罪捜査、浮気捜査にも幅広く活用されている。
くわばらくわばら。

Re^2: 脚注 投稿者:スイスの旅芸人 投稿日:2016/08/26(Fri) 20:22:49 No.5161


メロ!
またおまえのこの脚注を読み返し何か嬉しいんだか哀しいだか
わからない感情に襲われている。
だがそこから勇気をもらいこれをまだ書き続けようとと思っている。
これからは倍速で書くから脚注よろしくな!
あ、そだ最近このスイスの田舎で娘と同い年の青年と出会ってしまった「古井戸大好き、キッス・オブ・ライフはフェバリット・アルバム
です」だって「まじかよ!去年の古井戸再会ライブは見たの?」
「はい!」「うんじゃー、ライブ後のホールでのサイン会にはいたのかい?」「いえ、恐れ大きくて(ただ恐ろしいだけ?)行けませんでした」何てことだろうか26歳の青年だぜ、こちらこそ恐れ多いわい。何とも俺や俺たちの46年間の痕跡であるアルバムとライブは罪深いことかと思っているしだいだだよ。
メロの云う「酔醒」はいやらしいアルバムと云うのを最大の賛辞と受け止める俺がその張本人だろうな。

Re^6: 暑い夏 投稿者:スイスの旅芸人 投稿日:2016/08/26(Fri) 19:52:26 No.5160


今まで書いてきたものを読み返してきてみたら、話はあっちへこっちへ来たりとぐねぐねだわい、しかしこんな書き方をやめるつもりはない、あ!いや、できない、だからまたこんな調子で書くつもり。

てなわけで今回も大きく回り道をする。
78〜79年当時のメジャーレコードが持っているSTはコンソールルーム(Eが録音作業をしたり、レコーディングしたものをミュージシャンもスタッフもそのテイクをプレイバックし聴きOKかどうかを確認する場所)そしてミュージシャンが演奏するプレイルームその脇あたりにVoブース、これらを総称してレコーディングSTと呼んでいた。そんじゃーカセット4Trレコーダーを手に入れる前の話しをしておかなくちゃ、コンソール・ルームの機材、一番目につくのはミキサー(卓)プレイルームで演奏された音のすべての音量、音色を
最低限決め24Trレコーダーに送り録音する、そしてプレイバックする時にはレコーダーに収めた音をミキサーに戻しスピーカーアンプ経由でスピーカーを鳴らす(だからコソールと云うのだと思うが)
そのメインスピーカーが凄いコンソールルームとプレイルームを仕切る壁がある、そしてその壁の真ん中あたりにガラス窓がある、それを俺たちは金魚鉢窓と呼んでいたがスタッフたちがその窓からプレイヤーを見れば金魚だろうしプレイヤーから見ればスタッフが金魚に
見えたと云うことだろう、そうメインスピーカーはその壁と天井あたりに角度をつけEの席に集中(ステレオだからLとRに1発づつ)
させセッティングされている、そのスピーカーたるや当時の最高級だろうしそれ以上にその重量は何10キロその重さを支えるSTの構造たるや、45年間大・中・小、色んなSTでレコーディングをしてきたが今これを書きながら脳裏に浮かんでいるのはワーナーの六本木STだ、まっそこで何枚ものアルバムを作ったしEはいつも石崎氏だったからね。
そのSTのミキサーは30CHほどあり横幅は3m以上かな奥行きは
2mくらいはあっただろうかマルチレコーダーもかなりの大きさと重量がありそうだった。
あそだ、俺はここまでCHとTrをいい加減に書いてきたが俺のこれまでの理解では音を最初にマイクまたはラインで取り込むミキサーをCHと呼ぶ(Drなどは最低5本くらいのマイクで音をひろいミキサーを経由しレコーダーに録音する、TDの時にはピンポン作業をし2Trステレオにする)Trはマルチレコーダーその数と位置を示すものと思ってもらいたい。
今回もリスナーには退屈な話になってしまったがプロとしてレコードを出すならばメカリカルなことをすべて知る必要はないけどその構造と機能とそれらの特性を知らなければEともDとも共通言語を持てなく自分たちが目指す音作りはできないのだよ。
10数年前メジャーデビューしたサンタラから相談された「スタジオワークがよく分からないですけど」時代はもうすべてがデジタル化されていたけど「おまえたちだって4〜8Trのレコーダーは持ってんべ、基本はそれと同じでそれをより精密に複雑にしたものが1級ST
コンソールだ、まっ最低限dB・Hz・EQくらいは憶えておけば、
その後はエフェクターかな」などと知ったふりこいてアドバイスしたものさ。
俺だって実はそんなことを理解したのはカセット4Trレコーダーを
手に入れてからさ、その前のワーナーSTのスタジオワーク経験があったから次へのステップへ行けたしEとの会話も作業もスムーズに行くようになったから。
そんじゃー次回はエフェクターの話でもするか?
エコーとコンプなんかを?

Re^5: 暑い夏 投稿者:スイスの旅芸人 投稿日:2016/08/25(Thu) 21:24:20 No.5159


古井戸解散前79年俺はワーナーからソロアルバムを2枚出した
その経緯はここで書くつもりはないから、初めてライブでの再現性を意識しないでソングライティング&演奏&アレンジも最小限にとどめ
最終判断をP&Dスタッフに委ねヴォーカリストに専念するすることにした、それは初めての体験だった。
その頃この国のSTにVoブースが出来始めたそれはマルチトラック
レコーディングにより参加メンバーがせーの!でやったとしても
それが以前のような大STワンルームでやっていたらどうしても音が
干渉し合うのでEが24Trを使いこなしTDをする時に一番大事な
Voの最終の音色&音量決め処理にかなりの困難をきたすのでVoブースと云うバンドの音と一切干渉しない窮屈な小部屋にヴォーカリストは押込められたのだ。
現在こんな発言は過去の遺跡みたいなものだろうが時々思いだす
レイの「ジョージア」は1Trレコーディング想像してみレイのVo、Pf、4ピースバンド、コーラス、ストリングス1発取りしかない、ビートルズだってデビューアルバムは1Tr1発取りその発表テイクは何回か取ったかもしれないがその時代とその機材はそんなものだった。Eを責めるつもりはないがレコーダーのTrが1〜2〜4〜8〜16〜24となりサウンドの分離作業が容易になりそのSTでしか演奏されない音のグルーブに集中することなく後処理で何とか完成形を作ると云う精神は音楽に携わる物としては堕落だと思う。
当然そう云うことでしか生み出されない音楽も尊重する例えば
「サージェントペーパー」例えば「ペットサウンド」その音色に大いな影響は受けたから、だけど俺はそっちのレコーディング芸術に向かえなけったし向かえなかった。
あら!ティアックにも辿り着けなかった。

Re: 脚注 投稿者:スイスの旅芸人 投稿日:2016/08/25(Thu) 19:29:09 No.5158


 いいぞ!いいぞ!
この脚注気にいった。
そう次に書こうと思ったのはティアック・カセット・マルチ・レコーダーのことさ。

脚注 投稿者:メロ 投稿日:2016/08/22(Mon) 22:33:35 No.5157

D  ディレクターのこと。プロデューサーとは違う。

24tr 24トラックマルチレコーダーのこと。この物語の頃はアナログテープレコーダーだった。
ちなみにティアックが40年前に発売した世界初のパーソナルマルチテープレコーダーは 4チャンネルで¥198,000だった。現在、デジタルマルチで4チャンネルというと2万円前後。ちなみにトラック数は常に4の倍数。

Vo  ヴォーカルのこと。ガロのボーカルではない。

TD トラックダウン。マルチレコーダーの各チャンネルの音を2チャンネルに落とすこと。製作側のセンスが問われる。
TD前のマスターテープがあれば、後年リミックスを繰り返してしばらく小銭が稼げる。が、そのうちさすがに飽きられる。

E  エンジニアのこと。この場合レコーディングエンジニアのことをいう。エンジニアは時に手が8本となる。恐らく世界で2番目に我儘な職業。

渋公  忠犬ハチ公の異母兄弟。

オーバーダヴ  余った(余らせた)トラックに、あとから音を重ねること。正常な神経のときにこれを行わないと、ぐしゃぐしゃになる。

酔醒  自己確認のために忘れた頃に紐解くアルバム。
あの頃から現在までをまんべんなく網羅し、時に甘酸っぱく、時に悲しくさせるセピア色写真満載のいやらしいアルバム。
こんなにいやらしいアルバムはそうは無い。

ニューミュージック  酔醒の当時最大の敵であり史上最大の病原菌。当時、ニューミュージックだと言えばどんな音楽でも許され、日本人のほとんどが、なされるままにニューミュージック病に感染した。今だ世代を超えてその後遺症に悩まされている。

Re^4: 暑い夏 投稿者:スイスの旅芸人 投稿日:2016/08/22(Mon) 21:06:56 No.5156


75年頃エレックからソニーに移籍し「酔醒」制作にとりかかった
コンセプトは特になかったのだがそれまでのレコーディングは俺と
チャボで楽曲の骨格を作りSTに必要なミュージシャンを集め
2人の演奏を聴いてもらいそれ以上に俺たちの頭の中で鳴っている
音を融合させ(と書くとカッコよさげだが当時俺たちは譜面がかけなかったんだ)まーそれをヘッドアレンジと云うのだけどね。
Dのアイディアでバークレー帰りで俺と同い年のジャズピアニスト
山本剛を紹介され彼の家に行き、ご存知の方も多いと思うが俺の変態
文字にコードネイムしか書いてない歌詞カードを渡し「こんな曲なんだよね、ひとつよろしく!」彼のトリオとレコーディングすることになった、後日スタジオ入りした時には山本剛はメンバー用にスコアは
書いてきていたけどね、そりやそうだイントロ何小節、ブレイク・ポイント、間奏はエンディングは?それまでプロで4〜5枚のアルバムを作ってきたのにそんなことさえよく分からずチャボとの阿吽の呼吸
でやってきたのだから呆れたものだ。
そうだ俺は一日3回同じ歌を唄うと飽きてしまうので本番前にプリプロをやったかなこんなことも初めてだった。
当時24Trもあるのだからサウンドのカラオケを作りVoは最後に
入れるのが標準だったかもしれないが俺それだめなんだよなー
参加メンバーの顔を見てその音の表情を聴きながらじゃないと生きた
歌が唄えない、そしてそして俺は自分のギターを弾きながらじゃないと唄えないんだ、まったく天才的なのかただのボケなのか?
このレコーディングのTDの時エンジニアに「俺のギター少し上げてくれる」と云ったらVoが上がってきてしまった、何でだよとEに不満を言うとEは「だったら他の音全部落としてカナザキさんのギターマイクの音聴いてくださいよ」あらあら!?ギターマイクに俺の声
充分入ってんじゃん、「うんじゃーどうしたらいいの?」「唄かギターを別取りしてください」「いや!それはできん」
まっ当時の俺のバカ声伝説とでも云っておこう。
しかしやっと24Trレコーダーを理解し始めていた、当然俺のこったから自分勝手な理解だけどねDから「テイクワン回します」ときたら全身全霊でプレイする、そしてミキサールームで参加メンバー&スタッフとそのプレイバックを聴くのだがそりゃー俺だって全体を聴いているのだがやはりVo中心だ、大体テイク1はみんな試しだと思っていることが多いんだけど俺はそのテイクのVoがよければ「はいOK!」て云っちゃう、みんなは唖然だよ「いやいやそう云わずテイク2もやろうよ」と云うんでまーやるんだけど内心「1以上のVoは2度と取れないよ」だからと云ってテイク2で手を抜くわけじゃなく
その時の感情とテンションで唄うのだが、まっ大体だめだね。
だからさ俺たち唄物取ってんだからさ唄が生きていればいいじゃん
メンバーのミスとか何かだったらTrはいくらでもあるんだから
それぞれがやり直せばいいじゃん。
俺のひどいところはまだある、プレイ中に俺が歌詞を間違えたりピッチを外したり、呂律が回らなかった時には演奏を止める、さすがチャボはいやな顔していたけどね、云っておくがねそれがバンマスでヴォーカリストなのですよ、けして自己愛ではないのですよ。
だと思う!
マルチレコーダーを知ることになりベースを入れたらドラムを入れたらキーボードを入れたら、ストリングスはブラスセクションを入れたらギター2本で成立していた古井戸サウンドはより豊な可能性になる
のでは?と思っていたのだがもっと深くマルチレコーダーの可能性を
理解していれば俺のリズムギターをオーバーダブで違うギターで入れるとかチャボのリードギターをハモリツインにするとか自分たちでやってもいいのだがあと一人、ベースなのかチェロなのかサックスなのかパーカッションなのか風のように流れるシンセサイザーなのか
それに気づきやり通せばまた違った古井戸サウンドの完成はあったかもしれない、当時2人はまだ25歳と23歳だったし新しい可能性に挑戦していくてこともあったろうし時代の風もあったでしょう。
俺たちの挑戦はセールスとして失敗してしまった、そしてフォークが
ニューミュージックになりはてさてついに歌謡曲にまでなっていった
フォークやロックはサブカルチャーから産まれたものだろうしそれが売れることによりメインカルチャーになりそれは音楽だけじゃなく
演劇、映画の世界でも同じだったのではないかな。
渋谷のフォーク乞食と云われた俺たちが1年後「渋公」の舞台に立っているのって変だよね。
数々の挑戦と失敗をくり返しながら現在の俺とチャボがあるってことはどうよ!
などと偉そうに云えることではないのだけれどね。
あらあらまたPCMに辿り着けない
次回は画期的なレコーダーの話を書こう! 加奈?

Re^3: 暑い夏 投稿者:スイスの旅芸人 投稿日:2016/08/12(Fri) 20:47:20 No.5151


俺たちのレコードデビューは71年の「唄の市第一集ライブ」だったからレコーディングSTでの録音は72年1月くらいの日比谷あたりにあった「飛行館ST」だった3日3晩のレコーディングだったが
そのSTにあったマスターレコーダーは4Tr(全部の音を4つに別々に取りあとでステレオ2CHにトラックダウンすると云う機材)
当時メジャーでもURCでも8Trのレコーダーを使っていたと思うけどエレックはそうだった、広いスタジオに俺とチャボと参加ミュージシャンが集まり(のちのムーンライダース、はちみつぱいのメンバーが多かった)せーの!で2Trに入れ後チャボのリードやコーラスを残りのトラックに入れた気がする。
今考えればかなり無謀だったようにも思えるけどその音源を聴けば
音もけしてよくないしアレンジもかなり稚拙だがどうしょうもない切迫感は収められていると思う、そんな状況で2枚目の「オレンジ色のスケッチ」を作り3枚目の「ぽえじー」の時にはエレック自社ビルに
STが作られレコーダーも最新の24Trになりデモ取りも俺たちの使い放題になっただって俺たちの稼ぎでできたSTだったんだもん
(タクちゃん&いずみチャン&古井戸&ケメでしょー)P浅沼氏はそこに当時の最新最大機器を揃えた俺にはST機材はよく分からなかったが楽器機材は凄い、B3ハモンドオルガン・レスリー付き、フェンダーローズ・スーツ、ミニムーグ、アープシンセ、何だっけ白いボックスキーボード(メロトロン?ミュートロン?)イエスが使っていたやつ、そして誰でも使えるようにとマーチンの12弦ギター当然それぞれのアンプもね、録音用のマイクも贅沢なものだった(古井戸の
アルバム「四季の歌」にそのST風景が歌詞カードポスターに多く残っている)エレックはあのSTとスタジオ機材と楽器にどれくらいの投資をしたのだろう限りなく億に近い数千万を投じたのだろう。
しかし俺はその時その恵まれた環境を理解できなかった、レコーディングメンバーが集まりセーノで音出せばいいんじゃね。
4Trは何とかわかったけど24Trになったら何のことかわからかったさ、そして俺にはそんなもんは必要なかった。
だって俺は自分のギターを弾きながらしか唄えなかったし参加メンバーの音を聴きながらしか唄えなかっただもん。
きつとあの時代はライブ芸術とレコード芸術の大きな分岐点だったのだろう。
あらあら俺のレコーディング人生になってしまった
まっ、それを踏まえてPCMに繋がればいいのだが
スイスはもうお盆の用意と気候になっている。

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