今、加奈崎芳太郎が古井戸を歌うことの意味

“BOMB”

 ◆古井戸は懐メロか?

 人々の思い出と不可分に結びついていて、それを聞くことによって多くの人の心の中に自動的にある時代の風景や臭い、個人的な思い出や感情を甦らせる歌というものがある。そういう役割を担わされてしまった歌のことを「懐メロ」と呼ぶならば、古井戸は「懐メロ」ではない。

 「懐メロ」とは個人のお気に入りの歌ではない。その歌を媒介に不特定多数の人が「時代」についてコミュニケーションできる歌のことだ。平たくいえば、その歌をきっかけに思い出話に花が咲くような歌のことだ。そういう歌を、個人のお気に入り(最近の言葉で言えばマイブーム)の歌と区別するために「みんなの歌」と呼びたいのだが、そういう「みんなの歌」が時を経て「懐メロ」となるのである。そういう基準に当てはめるならば、やはり古井戸は「懐メロ」ではない。

 こんなことをいうとすぐに「さなえちゃん」があるではないかとツッコミを入れられそうだ。確かにあの歌は「みんなの歌」であった。あの時代に若者であった多くの人々の記憶の中にいまも残っており、青臭い青春の思い出を喚起する。

 しかし、それは古井戸にとって例外に過ぎない。仲井戸麗市ヴォーカルの「さなえちゃん」は、古井戸の音楽世界を代表するような曲では断じてない。それはたまたま売れてしまった歌に過ぎないし、その歌が売れてしまったからといって古井戸はその路線を追いかけるようなこともしなかった。

 古井戸とは、加奈崎芳太郎という野太く乾いた声のヴォーカリストのファンであった、センチメンタルでナイーブな少年の心を持ったソングライター仲井戸麗市が、加奈崎の魅力を最大限に引き出すような楽曲を書き、自分はその演奏のサポートに喜びを見いだすことによって成立したバンドである。本来は水と油であった仲井戸麗市の歌の世界と加奈崎のヴォーカルが融合したことにより、誰にも真似ることの出来ない音楽世界が奇跡的に出現したのだ。なぜそんな関係が成立し得たのかと言えば、仲井戸の歌がどうしようもなく下手だったからだ。そして加奈崎がソングライターとしての仲井戸とギタリストとしての仲井戸の才能に脱帽してしまったからだ。仲井戸は自分自身では歌いこなすことの出来ない楽曲を加奈崎に託し、加奈崎に歌ってもらうことによって自分を表現することができた。加奈崎は仲井戸の楽曲とギタープレイに全幅の信頼を置き、100%身をゆだねることによりヴォーカルに専念し、その魅力を余すことなく発揮することができた。2人にとってお互いはまさに掛け替えのない存在だった。1+1が2や3になるという言葉があるが、0.5+0.5が20にも30にもなったのが古井戸だったのだ。古井戸とはそんなバンドであり、それこそが古井戸の魅力だった。

 「さなえちゃん」は、そんな古井戸本来の音楽世界の枠外にある鬼っ子にすぎない。「さなえちゃん」の存在により、古井戸の真の姿はかえって世間の目から隠されてしまい、多くの人は古井戸の魅力の核心に触れることがなかった。古井戸が「懐メロ」ではないというのは、そういうことである。

 そのことが古井戸にとって不幸なことであったのかというと、それは分からない。解散時から数えても既に20年という歳月が経ってしまった今、もしかしたらそれは幸運だったのかもしれないという気さえする。

 なぜなら、「みんなの歌」となり、「懐メロ」としての役割を担わされた歌は「時代」に拘束されることになるからだ。時代と寝てしまった代償として、それらの楽曲とその歌い手は本人の意思とは無関係に時代を背負わされ、音楽的自由を失う。ごくわずかの例外を除き、そういう歌は染みついた「時代」の臭いをどうやっても洗い流すことができない。「時代」という色眼鏡を通して見られることから逃れられなくなる。

 20年ぶりに封印を解かれた古井戸の楽曲はどれも「時代の垢」を全く感じさせなかった。だから私は次々と演奏されるかつての名曲ををいまという時間の中でいま演奏されている曲としてそのまま受け入れることが出来た。古井戸に関する個人的な思い出を沢山持っているにもかかわらず、私は演奏を聞きながら一度も過去に連れ戻されることがなかった。その歌は驚くほど新鮮な歌として私の耳に届いた。それは驚異的なことと言っていい。

 その原因が古井戸が「懐メロ」になり損なったことに、あからさまにいえばほどほどにしか売れなかったことにあるとしたら、私はそのことを古井戸とともに喜びたいと思う。

 

◆古井戸(仲井戸麗市)の楽曲の普遍性

 古井戸の楽曲には時代の臭いが染みついていない。私はその理由を「懐メロ」になり得ていないことに求めた。しかし、それが全てであるはずがない。もしそうならば売れなかった歌は全ていずれの日にか名曲としてよみがえるということになってしまう。そんなことはない。カスはどんな風に取り上げてみてもやはりカスだ。

 そこで、なぜ古井戸の楽曲が古臭さを感じさせないのかについて別の角度から考えてみようと思う。可能性としてはいくつかの理由が考えられる。ひとつは楽曲そのものにその原因が求められる場合。例えば楽曲が時代のはるか先を行っていて、いまだに前衛であり続けている場合だとか、楽曲に時代を越えていく普遍性が備わっている場合などというのがこれに当たるだろう。

 もうひとつは、演奏にその原因が求められる場合。これには演奏者の力量によって古臭い楽曲に新たな息吹が吹き込まれた場合だとか、演奏スタイルやアレンジに手が加えられたことによって曲が生まれ変わった場合などがあるだろう。

 しかし、今回の演奏に関しては、スタイルやアレンジを一新しようという意図は全く感じられなかった。というより新「古井戸」は、旧「古井戸」に敬意を表するかのように実に誠実にかつての演奏を再現しようとしていた。もちろん細部を見ていけば違いは山ほどある。意図的に演奏を変えたり、歌詞を追加したところさえあった。だいたい加奈崎芳太郎の隣に立っているのが仲井戸麗市ではないのだ。完全な再現などあり得べくもない。ところが、それにも関わらず私はそこに古井戸を聞いた。その演奏は間違いなく30年前の古井戸であった。そこには古井戸の精神が、情念が、テンションが、魂が確実に再現されていた。

 だとしたら古井戸の楽曲に時代の臭いが染みついていない原因は、演奏にではなく楽曲そのものに求めるべきだろう。

 あの晩、演奏を聞きながらものすごく気になったことがあった。それは、一曲ごとに加奈崎が仲井戸の代役の橋本はじめからテンポをもらっていたことだ。それは加奈崎が演奏の主導権を橋本に譲っているということだ。最近の加奈崎のひとりフォークン・ローラーのスタイルを見慣れた目には、それは何とも奇異な光景であった。古井戸を演るといっても橋本はあくまでもサポートではないか。加奈崎が自分の演りたいように勝手に演って、橋本がそれに合わせればいいではないか。私はそう思った。

 しかし、加奈崎はそうしなかった。たった2人ではあるが、今日の演奏は古井戸というバンドのものなのだということを自ら確認し、観客にも知らしめようとしているかのように、執拗なまでに橋本からテンポをもらい続けた。

 「ああ、そうか、古井戸ってバンドだったんだ。」

 バンドの一員としての演奏にこだわる加奈崎を見ながら、私はそんなしごく当たり前のことをまるで新発見のように呟いていた。

 古井戸は2人の姿格好のアンバランスさやハモりの下手さから、2人がそれぞれ勝手に演っていただけでグループとしては機能していなかったと誤解されている向きがあるように思う。確かにコーラスデュオのつもりで古井戸を聞くと愕然とする。仲井戸のヴォーカリストとしての能力の問題なのか、加奈崎のヴォーカルのあくが強すぎるためなのか、とにかく上品に美しくハモることを最初から放棄しているとしか思えないようなところがある。しかし、そういう表面的なハーモニーとは別の次元で古井戸は極めて濃密なアンサンブルを築いていた。バンドとして見事に機能していた。そのことを、あの晩の仲井戸麗市抜きの古井戸を見ながら私は痛いほどに感じてしまった。

 たった2人ではあっても、バンドはバンドである。主従の関係がはっきりしてるか、才能の差が歴然としていない限り、アンサンブルを作ろうとしたら、お互いの自制と信頼が不可欠である。双方が100%の自己主張をして譲らなかったらバンドは空中分解するしかない。10年間、ラスト・コンサートのその日まで、間違いなく加奈崎芳太郎と仲井戸麗市はそういう共同作業を積み上げてきたのだ。そして、それは当然の事ながらステージ上だけのことではなかったはずだ。

 センチメンタルでナイーブな仲井戸麗市の音楽世界は、放っておけば内向きに閉じていくような自閉症的なところがあった。それは仲井戸麗市自身が歌うために作った歌を聞くとよく分かる。それはあまりにも私的な世界だ。加奈崎に提供した歌でも、例えば「ポスターカラー」などは極めて私的な世界を歌っている。あの歌が名曲となり得たのは、加奈崎のヴォーカルの力に負うところが大きいのではないか。「紅茶にしますか? ミルクはどうしますか?」という何でもな言葉は、仲井戸の中では非常に大切な言葉なのだろうがそれだけでは伝わらない。それは、加奈崎に歌われることによってはじめて意味を与えられ歌として成立する。加奈崎のヴォーカルが曲に魂を吹き込んだのだ。

 ではそれ以外の歌はどうだろうか。それ以外の歌でも仲井戸麗市は私的世界にこだわり、その表現を加奈崎に任せ続けたのだろうか。そんなことはなかった。仲井戸は仲井戸で自分の自閉的な世界を乗り越えようと必死で努力していた。私はそう思う。いやそう思いたい。加奈崎に歌ってもらうためには、多くの人の理解を得られる楽曲である必要があった。少なくとも加奈崎に伝わる言葉でなければならなかったし、加奈崎と共有できる音楽でなければならなかった。仲井戸は加奈崎との関係の中で普遍性というものをはじめて意識したのではないのか。加奈崎は仲井戸の歌作りに口を出すことはなかっただろうが、ヴォーカリストとしての存在感によって仲井戸の音楽に方向性を与えていたのではないか。その結果として古井戸の歌は、本人たちが思っている以上に普遍性を備えた歌となったのだと思う。

 2人の関係性の中に、普遍性を備えた歌が作り出される可能性が最初から埋め込まれていた。そして、互いの才能を認め合い、しかし甘えを許さない緊張関係を維持し続けていく中で、ひとつの共同作業として、普遍性を備えた歌を生み出し続けた。これが古井戸の音楽的魅力の源泉だったのだ。

 しかし、こんな風に歌を紡ぎ出し続けたバンドが他にあっただろうか。あったかもしれないが、多分それは滅多になかった。だからこそ未だに古井戸は孤高の存在だ。あの時代にあってもこの時代にあっても、その音楽は誰にも真似が出来ないし、どんなジャンルにも分類できない。新しいか古いか、売れたか売れなかったに関わりなく、そのオリジナリティは際立っているし、未だに微塵も揺るがない。そう考えると、古井戸とは、やはり「奇跡的な出合い」としか言いようのない出合いがもたらした、奇跡的だったのかもしれない。

 

◆絶対音楽、純粋音楽としての古井戸

 「懐メロ」となり得なかったが故に、ある特定の時代に拘束されていない。そのバンドの成り立ちからして、本来的に時代を越えゆく普遍性を備えている。さらには、20年以上も前に作られた歌であるが故に、現代性を求められない。それは、実際に聞くまでは想像もできなかったことであるが、長い封印を解かれた古井戸の楽曲はそういうものとして我々の前に立ち現れた。

 しかし、ある歌が幾つもの時代をくぐり抜ける中で、そういう位地を占めるということはたびたびあることなのだろうか。私にはとてもそうは思えない。それは極めて希有なことなのではないか。これもまた奇跡としか言いようのないことなのだろう。

 絶対音楽。純粋音楽。そんな言葉が浮かんだ。過去にも、現在にも、未来にも、どのような時代にも縛られない音楽。どのような時代の臭いもまとわず、あらゆる流行を越えたところに存在する音楽。歌詞という言葉を伴いながら、特定の社会も、家族も、個人も指し示さない音楽。あらゆる意味づけを拒否し、それらを越えたところに存在する音楽。従ってそれは、全てのものから完全に自由である。私はあの晩のライブを聞き終えたあとの思考の結果として、古井戸の楽曲をそのようなものとしてイメージするに至った。

 

◆今、加奈崎が古井戸を歌う意味

 では、今、そういう楽曲を加奈崎芳太郎が歌うことにどのような意味があるのだろう。

 実際に古井戸ライブを聞くまで、私は加奈崎が古井戸を演奏することに懐疑的だった。それは現在の加奈崎のスタイルに私が満足していたからだ。今や加奈崎は自由自在に自分の思いを楽曲に乗せることができる。その楽曲はたゆむことなく進化し続け、今やとんでもない高みにまで達している。かつて歌作りの大部分を仲井戸に委ねていた加奈崎や、古井戸解散後の歌を書けなくなってしまった加奈崎はもうそこにはいない。今や加奈崎に足りないものは何もない。その加奈崎が今更なぜ古井戸をやるのか。それは過去を懐かしむファンへのサービスという後ろ向きの意味しか持ち得ないのではないか。古井戸を演ってしまうことは、仲井戸麗市の幻影を断ち切り悪戦苦闘の末にひとりで築きあげた音楽世界を自己否定することになってしまうのではないか。未来につながるテーマを事前に見いだせなかった私はそんなことまで考えてしまった。

 しかし、古井戸ライブを聞いてしまった今、私ははっきりと言える。加奈崎が古井戸を演ることには十分の意味があった。このライブについて加奈崎は「これは復活ではなく再開なんだ。」と言ったそうだが、古井戸を一夜限りのものとせず、あの晩を出発点として今後も演奏し続けていくことにも十分の意味がある。なぜなら、それは加奈崎芳太郎の新しい地平を切り開く行為であり得るからだ。

 加奈崎が古井戸解散後の迷走期、低迷期を脱して加奈崎芳太郎としての歌の世界を確立したのは10年ほど前ではないかと思う。加奈崎が選んだのは、限界も欠点も何もかも含めた自分のありもまま全てを、全身全霊を傾け命を削るように告白することであった。そしてそこから自分自身を取り巻く全てのものをとらえ直すことであった。歌のテーマは自己を語ることを出発点に、家族へ、社会へ、時代へと広がっていった。加奈崎は自分自身の言葉でそれらを表現し尽くそうとした。

 タレントにも仙人にもならず、現実世界に踏みとどまり、どろどろとした自分をさらけ出し続け、時代に抗ってトンガリ続け、もがきあがき続けること。それが加奈崎の選んだ道であった。私はそれを「 崇高なもがき、あがき」と呼びたいのだが、それは歌が日々消費されゆく商品になってしまった時代にあって、歌うことと生きることを一つにしようとする闘いであり、文字通り歌に命を懸けることであった。その結果として、加奈崎は「歌う思想家」「絶叫する哲学者」とでも呼ぶしかないような世界に突き抜けた。

 しかし、それは同時に、加奈崎自身が自分の生み出した言葉に縛られてゆく過程でもあった。曲に奉仕するだけの軽い言葉、ファッションとしての意味ありげな言葉を拒否し、深い洞察に基づく言葉を命を削るように紡ぎ出すということは自分自身がその意味に縛られ、取り込まれていくということでもある。言葉、意味、信条、哲学、倫理、法律、制度、科学、そういった自らが生み出した理性の体系の網目の中で、身動きがとれなくなっていく。これは「近代」が生み出した苦しみそのものである。

 これを脱するためには、自らが作り出した意味や価値の体系を破壊し、新たな意味や価値を打ち立てるしかない。こうして人は破壊と創造の絶え間ない繰り返しによる進化の罠にはまっていく。加奈崎の歌も社会や時代に深くコミットしているがために、時代の変化の中で常に更新していくことを求められる。加奈崎はいつまでも同じ場所にとどまることを許されない。常に進化することを期待され、自らもそれを責任として引き受けざるをえない。これは想像以上に苦しいことだろう。それ故に多くのフォークミュージシャンはタレントとなりあるいは仙人となり現実と対峙する場所から退場していったのだ。

 古井戸の歌は、その対極にある。もともとそうであった訳ではないが、いつの間にかそういう場所に位置を占めるようになった。時代からも、社会からも、家族からも、自分からも自由な歌。歌い手を意味によって拘束しない歌。それは加奈崎芳太郎が加奈崎芳太郎からも自由になれるということだ。そんな歌を歌うとき加奈崎芳太郎は何を手に入れるのだろう。我々は何を聞くのだろう。

 声。VOICE。私の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

 理性的な意味を運ぶ道具でも、表層的な感情を旋律に乗せるための音でもなく、無意識層からわき上がってくる何か、人間の根元的な何か、魂そのものの叫びやつぶやきとしてのVOICE。意味の拘束から解き放たれたとき歌に残るのはそういう「声」なのではないか。どれほど前衛的であってもいずれ古くなり、やがては滅びる意味と異なり、旋律と声だけは時代を越え得る。素晴らしい旋律と素晴らしい声は決して古びることなく永遠の命を持ち続ける。

 加奈崎芳太郎は、古井戸を歌うことによって、そういう「声」と向き合えるのではないか。ヴォーカリストという本来の居場所に帰っていけるのではないか。「歌う思想家」「絶叫する哲学者」としての加奈崎芳太郎が失ったものを取り戻せるのではないか。

 意味ある言葉を歌にしようとするとき、歌は意味を伝えるための手段となり、ヴォーカルは意味に従属する音となる危険を冒す。ミュージシャン加奈崎にとって現在のスタイルが必然であり、満足できるものであったとしても、ヴォーカリスト加奈崎にとってもそうであるとは限らない。

 「自分が最後に残したいものはVOICEだ。」

 と加奈崎自身が語るのを聞いたことがある。加奈崎は、古井戸の昔もソロとなった今も、ひとりのヴォーカリストでありたいと願い続けていた。しかし、その願いは社会や時代に深くコミットしていく現在の歌作りの中では満たされないのではないか。その延長線上に答えはないのではないか。加奈崎自身が意味にこだわり続けるかぎり、その声は意味の伝達に奉仕する道具でしかない。突き詰めて考えると、ヴォーカリスト加奈崎を満足させるためには、現在のスタイルを再び破壊し、全く新しい地平を切り開くしかないということになる。しかし、それは現在のスタイルを貫き通すのと同じくらい、あるいはそれ以上に困難なことだ。キャリアの晩年にさしかかった加奈崎にそんな大規模な自己変革が可能だろうか。

 ところが加奈崎には古井戸があった。幾つもの時代をくぐり抜ける中で絶対音楽、純粋音楽に変貌した古井戸の楽曲があった。古井戸を封印し続けていたときに、封印を解こうとしたときに加奈崎にその自覚があったかどうかは分からない。しかし、こうして封印を解いてしまった今、そのことに加奈崎自身は気付いたはずだ。そして我々も気付かされた。古井戸の楽曲はヴォーカリスト加奈崎の集大成へむけての素材として封印を解かれる日を待っていたのだということを。

 古井戸の楽曲はヴォーカリスト加奈崎の魅力を最大限に引き出すことができる。元々仲井戸麗市によってヴォーカリスト加奈崎芳太郎のために作られた歌なのだからそれは間違いない。封印を解かれた古井戸の楽曲を歌ったとき、仲井戸に対する個人的な思いとは別に、加奈崎はヴォーカリストとしの快感に満たされていたはずだ。

50歳を越えた加奈崎に残されたミュージシャンとしての寿命はそれほど長くはないだろう。命を削るような今のスタイルを続けていれば尚更だ。ヴォーカリストとしての寿命はさらに短いのかもしれない。その残された日々の中で加奈崎芳太郎は何を私たちに残してくれるのだろう。

 私は加奈崎に今のスタイルを手放してほしいとは思わない。しかし、その一方でヴォーカリスト加奈崎の究極の姿を見たいとも思う。だから私は古井戸の再開を心から歓迎する。古井戸を歌うことが終着点だとは思わないが、そこからなら加奈崎は自然にVOICEを追い求める旅に入っていける。今後、「歌う思想家」「絶叫する哲学者」加奈崎と、ヴォーカリスト加奈崎は、「古井戸」を再開することによって無理なく並立することとなる。それらを車の両輪として加奈崎はさらなる高みに向けてなおも疾走し続けるだろう。そして、その果てに、命の根元に触れるような、魂の叫び、つぶやきそのもののようなVOICEを我々に聞かせてほしい。

 そう、例えばジャニス・ジョプリンのVOICEのようなスゴイやつを・・・

00・6・28 了)